クチート使いの随想録

徒然なるままに

親しき中にも礼儀あり

親しき中にも礼儀あり

という言葉があるが、なるほどよく言ったものだ

感銘を受けた、とは少々大げさかもしれないが、実にその通りだと思う

いくら仲がいい間柄であったとしても、人間である以上傷つきはする

人によって価値観の相違はあるが、人は尊厳なしに人として生きてはいけない

仲がいいから、分かってくれるから、何を言っても構わないだろう、許してくれるだろう、というのは完全なるエゴである

人付き合いとは相互関係であり、切磋琢磨であれ馴れ合いであれ、互いが互いに意義を見出すことによって成り立つ

当然のこととして誰も嫌な相手とは一緒にいたくはない

少し話は変わるが、喧嘩を未然に防ぐ方法とはなにか

それは片方が譲歩することに他ならない

親しい間柄でも、いや、親しいからこそ他愛もない言葉の刃が存外深く刺さり、喧嘩に発展する恐れが多々ある

こういった場合に起こる喧嘩は、周りをも巻き込み、修復困難な亀裂を生じさせる危険性を孕む

もちろんこれは忌避すべきことであり、そのためには片方が我慢する必要がある

うん、そうだね、と笑って流す必要がある

言いたいことを言う、なるほどそれは実に動物的で楽なことである

特定の社会、場所、時においてそれはたしかに美徳でもあろう

だが、それが相手の心情をまったく顧みない剝き出しの「悪意」だったら

そういうつもりじゃなかった、なんていうのは非常に身勝手な弁解であり後出しジャンケンであり憎たらしいほどの免罪符だ

言葉は発された時点で言葉以上の意味を持ちえない

言外の意を汲み取るのは受け取り手の役目であるが、ものには限度というものがある

言いたいことを言った側は楽であろう

では言われた側は

もちろん言われた側も言い返すのが楽だ

でも、言い返したところでそれはストレス発散にしかならないし、新たな衝突を生むきっかけとなってしまう

だから我慢する

飲み込む

言い返してもリスクしかないから

それは合理的なことではあるが、精神的には負担でしかない

そしてこういった場合言った側は間違いを指摘されないため別になにか悪いことを言ったなんて微塵にも思わない、想像できない

そうして悪循環が生じる

結果どうなるか

ストレスはどこかで発散しないと人間はパンクする

我慢して我慢して

大きな怒りとなって噴火するか、何も言わず静かに消えるか

どちらにしろろくなことはない

我慢した側は

言いたいことを言った側は単に「なんだこいつ」

の一言で終わることができる

楽なことをしている上になんらリスクを背負わない

すべて相手に押し付けているからだ

だから、ここまで言ったすべてのことは、言いたいことを言った側にとってはなんら不都合が生じない

だってそう、すべて我慢している側の戯言なのだから、我慢する側が存在する限り交友関係は続くから

弱者はいつだって、どこまでも弱者だ

でも、警鐘を鳴らすことはできる

良心に訴えかけることはできる

 

親しき中にも礼儀あり

 

人が人間としての不文律として、この言葉は常に心にあるべきだと思う