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クチート使いの随想録

徒然なるままに

三題噺競争「ガラス、財布、血」

 私の名前は綾小路ほたる、今をときめく17歳!見慣れた通学路を駆けるエネルギッシュな女子高生!責任感は人一倍、困ったことはお任せあれ!

 んん?どこからかすすり泣く声が…これはよもやお困りの予感!?ここで見過ごすはお手伝いマスターの名折れというもの!進行変更!いざ泣き声のもとへレッツラゴー!

 

 通学路からややずれた住宅街の路地裏に、一人の子どもが泣いていた。

「ねえ、君、どうしたの?泣いてないで、顔を上げてごらん」

 優しく問いかけると、涙で顔をぐしゃぐしゃにした小さな少年は、口を開き、細々と喋り始めた。

「あ…、あのね、僕、大切なものを失くしちゃったの…。おかあさんの大切なもの…」

 大切なもの…はて、それはどんなものだろう…?形見…とか?

 そう思った瞬間、脳にノイズがかかるような激痛に襲われる。ええい、持病の頭痛め、考えるより聞くが易し、私はさらに少年に尋ねた。

「大切なものってなにかな?」

 すると、少年はまた泣き出しそうになりつつも、ゆっくりと答えてくれた。

「さ…さいふ…」

 さいふ!?さいふってあの財布?夢と希望の諭吉がつまった…、じゃなくて、無くしたらすぐに銀行に電話をかけたりしないといけなかったりするあの財布!?でも子どもにカードのことなんてわかるわけないし…、そうだ!

「なるほど、事情は理解したわ!でも安心しなさい、この町内一の名探偵と言われた綾小路ほたるが財布とやらを見つけてあげるわ!私にかかればこんなの朝飯前よ」

 すると少年はまた溢れだしそうになっていた涙をごしごしとふき、「…ほんと?」とやや期待のこもったまなざしでおそるおそる尋ねてきた。

 正直大見得を切ったのはいいものの、こんなに広い場所のどこかから一つの財布を見つけ出すなんてことは、砂漠の中で一本の針を探すような、とまではいかないけど、とても難しいことだ。だが私は熱き人情に生きる一輪の花、ここで折れては世に、親に…んん…、か、顔向けできないというもの!とりあえずはなにか手掛かりを得るため聞いてみる次第。

「どの辺りで落としたとか、いつから、どこから失くしたことに気づいたとか、どんな形でどんな色をしていたとか、分かる?」

 もの探しの鉄板であるいくつかの質問をしたところ、運よく色や形、おおまかな紛失場所まで特定することができた。もしかして私大勝利!?これならほんとうに見つけることができるかもしれない。まあもちろん盗まれて…ぬす…あーあーこほん、こほんこほん、ん?ん?まあ大丈夫でしょう!

「じゃあ、お姉ちゃんと一緒に探しにいこっか!」

 少年の手を繋ぎながら、いざいかん財布探しの大冒険へと。

 

「うーん…ないねえ」

 ない。探すこと小一時間。とりあえずは落とした疑惑その一のまさにこの住宅街のありとあらゆる路地裏を探索しきったものの成果はなし。まあ一時間程度で見つかるとは当然思っていませんとも。少年ももの探しが楽しいのか、やや機嫌がいい様子。楽しければすべてよし、では参ろう次の戦場へ。

 

「…ない」

 あれからさらに三時間が経過。場所は商店街へと移り、まずは警察署に届けを出そうとするもののなぜか警官のお兄ちゃんに鬼気迫る形相で追いかけまわされる始末。ああ、これが国家権力というものなのか、おそろしや。うまく国家権力から逃げ延びたあとは様子を見計らって今度は魚屋のおじちゃんや八百屋のおばちゃんに尋ねてみるものの二人とも奇異なまなざしを向けるやいなや奥に引っ込んで電話をしだす始末。ああ、いつからこの優しさと暖かさの満ちていた商店街はこんなにも冷たく失礼になったのか…。名状しがたい悲しみに暮れつつ、ゴミ箱の中や排水溝を覗いたりしてみたものの相も変わらず財布の影も見当たらず。日差しの勢いも衰え、辺りも赤く染まりつつある。途方もなく歩いているうちに、公園へとたどりつく。

「財布…見つからないね」

 ベンチにかけた途端、緊張の糸が切れたのか、今まで決して言うまいと心に決めていた言葉が口からひとりでに零れる。成果の伴わない時間の経過というのはこうまで人を弱気にさせるのか…。私は道中一言も発することのなかった少年の方を申し訳なさそうに見やる。

「お姉ちゃん、また、逃げるの?」

 瞬間、またも脳に強い痛みが走る。逃げる?にげる?ニゲル?私が?わたしが?ワタシガ?私は綾小路ほたる、任されたことは最後までやり通す。困った人は見捨てておけない、今をときめく女子高生。ワタシハセキニンカンノツヨイアヤノコウジホタル……。

「大丈夫、大丈夫、財布なんてすぐ見つけ出す…」

 それ以上その場にいるのを、考えることを拒否するかのように、私はなりふり構わず走り出した。

 財布財布財布財布財布財布財布財布、おかあさんの大切なもの、財布、派手なものはあんまり好きではない、それでいてちょっとかわいらしい、茶色く小ぢんまりとした財布。どこ?どこ?どこにあるの?見つからない見つけれないどこにもないないないないないないないないないないないないないないないないない…。

 探しても探しても頑張っても頑張っても見つからない。ただただ時間が過ぎて、過ぎ去っていく。気づけば辺りは真っ暗になっていた。

 がむしゃらに、ひたすらに、無我夢中に駆け回っているうちに、ふいに、転んでしまった。

「っ痛い…」

 痛みと、自分の不甲斐なさに目頭が熱くなる。それに呼応するかのように、手にどろっとした熱い感触を覚える。

 ぼやけた視界を破けた袖でこすり、両手を見る。

 血で真っ赤になっていた。

 一瞬なにが起こったのかわからずパニックになる。

 深呼吸、深呼吸。

 冷静になってみてみると、なんのこともない、転んだ拍子にアスファルトに散らばったガラスに手が切られただけだ。

 顔を上げると、そこは一軒の家だった。いや、家というにはあまりにも無残な、ガラスは割れ、中にある家具は横転し、一切人の気配を感じない、バリケードテープの張り巡らされた、かつて家だったものが目の前にあった。

 初めて見るはずの家、なのになぜか親近感のような、懐かしいなにかを感じた。

 ふいに頭に言葉が響く。

「まだ?まだなの?財布は?財布はどこ?また逃げるの?逃げるの?にげ…」

 そうだ…財布…私は財布を探さないと…財布は…

 私はふらふらと立ち上がり、夜の闇に紛れてふたたび街へと足を向ける。

 

 目の前に、一人の男がいた。男のポケットには、茶色いこぢんまりとした財布が刺さっていた。

「なんだてめえは、血まみれじゃねえか。ん…?なんか見覚えあるぞ…、っそうか、てめえはあの時取り逃した…」

 男がなにか喚いている。頭が痛い、ぐらぐら揺れる。はやく、はやく財布を取り戻さないと。おかあさんの、大切なもの。ここまで長かった。ここまでどんな財布も違った。でも、でも今度こそ…

 

「お姉ちゃん、待ってたよ」

 あれからどれくらい時が経ったかは定かではない。でも少年はまだ公園にいた。

「ごめんね、待たせちゃった、財布、見つけたよ」

 そういって私は少年に、もとは茶色かった財布を渡した。

「わあ!財布、ありがとう、今度は逃げなかったね、お姉ちゃん!でも、おかあさんは死んじゃったね!」

「は、はは、はは、ははははははははハハハハハハハハハハハハハハ」

 いつの間にか少年の姿はどこにもなく、ただ目の前に街灯に照らされ生々しいまでに赤黒く染まった財布と、行くあてのない哄笑が闇夜に響き渡るだけだった。

 

 後日、警察の報道によると、市内のある一家を襲った強盗犯は死体の状態で見つかり、その一家の唯一の生き残りとされていた長女は行方不明となっている。双方とも同時期に起きた連続通り魔事件と関連づけられ、犯人は未だ捜査中らしい。ある証言によると幽霊と見間違えるような、ボロボロとなった服を着た、小柄な女性が事件の起きた場所に出没していたらしいが、真相は定かではない。

 

 

 

以下企画参加者及び記事へのリンク

 

シアさん

midnightsky.hatenablog.com

 

あるるんさん

mayugearurun.hatenablog.com